患者様の離脱を恐れて、専門家としての本質を見失わないように。

「感情に左右される専門家」

という言葉を聞いて率直にどう感じますか?

多くのカイロプラクターが正しい考えでケアを行えなくなる理由は、感情です。

その感情の名前は、「恐れ」「不安」であることが多いです。

例えば、こういう場面があります。

目の前の患者様が「とにかく痛みを取ってほしい」と言う。
その要求に、そのまま応えなければ、この人は来なくなるかもしれない。

そう思った瞬間、判断がぶれてしまうことがあります。

言うべきことを飲み込んだり、 説明を一段やさしくする。
自分たちがするべき行動や、考え方をを一度手放してしまう。

さらに具体的に言えば、患者様の痛いと言っている箇所をアジャストメントした方が良いのではないかと検査結果に自信が持てない。もしくは、先入観で検査や説明に揺らぎが起こってしまう。ということです。

失うのが怖いのは、自然なこと

決して、責めているわけではありません。

その人が来なくなれば、売上が減ります。 評価も下がるかもしれない。 自分の力不足を突きつけられた気にもなる。

誰もが恐れを感じることだと思います。 私自身も、何度も患者様の要求に応えねばと必死になり、正常な判断ができなくなることもありました。

問題は、怖いと感じることではありません。 怖さによって、考えがまとまらなかったり、専門家としての軸を失ってしまうことです。

思考と感情は、別々に考える

 

古い文章にこう書かれていました。

『考えが正しいか間違っているかは、この際問題ではない。 感情が考えを邪魔するようなことは、決してあってはいけない』、と。

専門家とは、感情がない人ではありません。 感情を持ったまま、それとは別に、専門家としての軸や役割も大切に貫き通すということです。

お客様目線は、優しさに見える

患者様の要求どおりに動くのは、その場では優しさに見えます。 喜ばれますし、感謝もされます。

しかし、それを続けた先に何が残るでしょうか?

その人は、自分の体について何も学ばないままになります。
症状が出るたびに、外の誰かに何とかしてもらう関係が固定される。

あなたは、その人を自立から遠ざけたことになります。

また検査にも揺らぎが起こってしまえば、かえって状態を悪化させてしまうことにもなりかねません。

恐れによって飲み込んだ言葉

今日の臨床を振り返ってみると、本当は言いたいけど飲み込んだ言葉はありましたでしょうか。

その言葉を飲み込んだ理由は、その人のためでしたか?

それとも、失うのが怖かったからですか?

私は、あなたに好かれる施術者でいてほしいとは思っていません。

あなたが、カイロプラクティックの専門家として、哲学を体現する方であってほしいと願っております。

関野 貴友

執筆者関野 貴友

1999年、大阪府生まれ。19才より東海大学トレーナー専攻及び東京衛生専門学校のダブルスクールを行い、共に優等で卒業。鍼灸あん摩マッサージ指圧師を取得。のちに睡眠専門治療室NEOCHIを開業。2023年よりシオカワスクールのインストラクターを務め後進の育成にも力を入れている。

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