手段が目的になった瞬間、カイロプラクティックはズレ始める

哲学

いつの間にか、「手段」が「目的」になってしまう。

これは多くのことに共通して起こり得ることだと思います。

例えば、健康のために運動を始めたのに、いつの間にか「運動をやること」自体が目的になってしまう。
食生活を見直そうとしていたのに、「我慢すること」そのものが目的になってしまう。

本来は、自分の身体がどう感じているのかを丁寧に受け取り、より良い状態へ向かうための“手段”だったはずなのに、気づけばその手段のほうに心が引っ張られてしまうことがあります。

私はこのことが、臨床や教育の現場でも起こり得ると感じています。

結果や技術が目的になってしまうとき

臨床では、結果を早く出すことや技術を磨くことが重視されることがあります。

もちろん、それ自体は決して悪いことではありません。

しかし、そこに意識が偏り、「それをやること」自体が目的になってしまった瞬間、カイロプラクティックの本質から少しずつズレていきます。

テクニックを使うことが目的になっていないか。
結果を出すことだけに意識が向いていないか。

そうしたとき、身体はいつの間にか「操作する対象」になってしまいます。

アウトサイドインとインサイドアウトの違い

私が常に自分自身に問いかけているのは、「今、自分はアウトサイドインになっていないか」ということです。

外から何かを加え、身体を操作しようとしていないか。
結果を作り出そうとしていないか。

カイロプラクティックが本来向き合っているのは、外から何かを加えることではありません。

人の身体がもともと持っている働きです。

身体は常に最善を尽くしています。
症状もまた失敗ではなく、今の身体の状態を表現しようとした結果として現れています。

インサイドアウトの視点に立ったとき、身体は操作する対象ではなく、「読み取る存在」になります。

この違いは、臨床の質だけでなく、その人自身が自分の身体とどう向き合うかという姿勢にも大きく影響します。

検査もアジャストメントも目的ではない

カイロプラクティックにおいて、検査やアジャストメントはとても重要なものです。

しかし、それらはあくまで目的ではありません。

すべては手段です。

本当に大切なのは、「なぜそれを行うのか」という視点です。

何をするのかよりも、なぜそれをするのか。
そして同時に、何をしないのか。

検査もアジャストメントも、すべては内側の働きが正しく表現される環境を整えるための手段に過ぎません。

目的は常に一つです。

人の身体が本来持っている働きが、正しく発揮される状態を整えること。

だからこそ私は、技術を磨くと同時に、自分自身の立ち位置を何度も確認するようにしています。

今、自分は内側で起きていることを見ているのか。
それとも、外から何かを操作しようとしていないか。

手段が目的になった瞬間から、ズレは静かに始まります。

だからこそ、この問いを持ち続けることそのものが、カイロプラクティックなのだと思っています。

シオカワスクールでも、カイロプラクティックの原理原則やインサイドアウトの考え方を学ぶ中で、この視点を何度も確認していきます。

もしカイロプラクティックの本質をより深く理解したいと考えている方がいれば、こうした学びの中で新しい気づきが生まれるかもしれません。

前田 一真

執筆者前田 一真

神奈川県藤沢市出身。2018年より塩川カイロプラクティックにて内弟子として研鑽を積み、副院長を務める。現在は地元である神奈川県藤沢市にて「前田カイロプラクティック藤沢院」を開院し、院長として地域住民の健康を支えている。半世紀以上続くシオカワスクールでは講師を務め、次世代のカイロプラクター育成にも力を注いでいる。インサイドアウトの健康文化を日本に根付かせるため、一人でも多くの人にカイロプラクティックの持つ無限の価値を知っていただくことを使命とし、感謝・感動・希望に溢れる社会の実現を目指している。

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