「私が治しました」という言葉が、患者様の未来を奪う理由

カイロプラクターの“無意識の一言”がつくる依存構造
カイロプラクターとして臨床に立っていると、つい口にしてしまう言葉があります。
「私が治しました」
「この施術で良くなりました」
「この技術が効いたんですね」
悪気はありません。むしろ、結果が出たことへの喜びや、患者様への安心感から出た言葉でしょう。
しかし、その何気ない一言が、患者様の未来に静かで深い影響を与えていることに、私たちはもっと自覚的である必要があります。

言葉は、事実以上に「関係性」をつくる
人は、出来事そのものよりも、それをどう説明されたかによって、意味づけをします。
「先生が治してくれた」
という物語が繰り返されると、患者様の中に、ある前提が定着していきます。
それは、「自分の体は、自分ではどうにもできない」という前提です。
この前提が根づいた瞬間、患者様は無意識に、“カイロプラクターがいない状態の自分”を不安に感じるようになります。
依存は、信頼とよく似た顔をしてやってくる
カイロプラクターにとって、「信頼されること」は大切です。
しかし、信頼と依存は、紙一重です。
・先生がいないと不安
・判断をすべて任せたい
・自分で考えなくなる
この状態は、一見すると「良好な関係」に見えます。けれど本当に健康な関係とは、カイロプラクターがいなくても、患者様が自分の体を信じられる状態です。
カイロプラクターの役割は、必要とされ続けることではありません。必要とされなくなっても大丈夫な人を育てることです。

「治してもらう人生」から「自分で選ぶ人生」へ
体の問題は、人生の選択と深くつながっています。
・無理を続けるか、休むか
・我慢するか、伝えるか
・流されるか、立ち止まるか
カイロプラクターが、「私が治しました」という物語を強めれば強めるほど、患者様は自分で選ぶ感覚を失っていきます。
逆に、
「体がそう反応したんですね」
「ご自身の回復力が働きましたね」
という言葉が増えるほど、患者様は自分の人生に主体性を取り戻していきます。
カイロプラクターが手放すべき“承認欲求”
正直に言えば、「治したと思われたい」という気持ちは、誰の中にもあります。
それは、治療家として自然な感情です。しかし、その承認欲求を満たすために、患者様の力を奪ってしまっては、本末転倒です。
カイロプラクターが手放すべきなのは、技術ではありません。「自分が主役でありたい」という無意識の欲求です。
その欲求を手放したとき、カイロプラクターは初めて、患者様と対等な関係に立つことができます。
本当に患者様の人生に貢献するとは
本当の貢献とは、「治してあげること」ではありません。
・自分の体を理解できるようになる
・体のサインを受け取れるようになる
・自分の人生を自分で選べるようになる
そのきっかけを渡すことです。
カイロプラクターが前に出るほど、患者様は後ろに下がります。カイロプラクターが一歩引くほど、患者様は前に進みます。

カイロプラクターとしての本質を、どこで学ぶのか
シオカワスクールでは、技術や検査と同じくらい、「言葉」と「立ち位置」を大切にしています。
・どんな言葉を使っているのか
・誰を主役にしているのか
・その一言は、患者様の未来を広げているのか
それらを、臨床の中で何度も見つめ直します。
もしあなたが、
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結果は出ているのに、どこか違和感がある
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もっと深い信頼関係を築きたい
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患者様の人生に、本当に貢献したい
そう感じているなら、一度、シオカワスクールのセミナーを体験してみてください。
カイロプラクターとしての本質をシオカワスクールで学んでみませんか?
