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カイロプラクティックの技術の向上に努めた

私が初めて日本でカイロプラクティックの教育を開始したのは、1972年の大阪での塩川教室においてである。

1972年10月にアメリカのアイオワ州にあるパーマーカイロプラクティック大学を卒業した私は、カイロプラクティックにまだ自信が無かった。そこで、中南米のエルサルバドルの首都であるサンサルバドルで無料治療と称して自分のカイロプラクティックの技術の向上に努めた。1972年12月に、日本に帰ってきた時にはわずかながらカイロプラクティックに対しての自信がついた。

大阪で整形外科として開業していた私の兄の勧めで塩川教室を始めたが、その時は私のテクニックはガンステッドテクニックを主流としていたので、ガンステッドテクニックを中心に教えながら技術の向上に努めた。

カイロプラクティックのテクニックは見えないところの脊椎のズレによる神経圧迫を取り除くことを目的としている。そのため、どの骨がズレて神経圧迫を起こし、脳からの自然治癒力の阻害を起こしているかを知ることはとても難しく、推測の域を出ることはとても難しいことであった。過去の経験により、症状と骨のズレの関係を解明する以外に方法は無かった。ガンステッドテクニックの検査法の一部であるモーションパルペーション(可動性検査法)のテクニックの向上こそ不可避であると思い、ただただ患者の正常な可動域と異常な可動域の違いを知るための努力をした。

※この記事は「学長ブログ・カイロプラクティック半生記」(2007年09月~2010年8月)に掲載されたものです。

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