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マイラン・ブラウンとジーン・ジョホダ

私がまだパーマー大学の学生だった頃、大学の近くのアパートに引っ越した時に、ドクター・マイラン・ブラウン(シャーマン大学前副学長)と出会った。

当時、彼は私よりも2年後輩で、ニュージャージー州から友人のジーン・ジョホダと共にカイロプラクターになるために来ていた。マイランはユダヤ系の移民であった。ジーンはハンガリー系の移民であった。ハンガリーにいた頃には、わずか10歳でありながら銃を持って革命のために戦ったそうである。後にジーンはパーマー大学を辞めて、好きなコンピューターの道に進んだ。彼とは再び会うことは無かった。

一方のマイランは家族ぐるみで付き合うようになり、私の卒業式には彼の両親がわざわざニュージャージーから来てくれた。彼の父は有名な音楽家で、とても高価なバイオリンを持っていた。マイランがその価値が1000万円以上もすると知ったのはずっと後のことであった。

マイランとジーンは2人とも私の柔道の生徒になった。当時、女子高生で私の生徒だったドイツ系のシャーリーンをジーンに紹介したが、シャーリーンは彼のことが気に入らず、マイランを選んだ。後に、シャーリーンの農場の庭で2人は結婚式を挙げた。

※この記事は「学長ブログ・カイロプラクティック半生記」(2007年09月~2010年8月)に掲載されたものです。

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